福岡地方裁判所 平成2年(む)121号 決定 1990年2月16日
少年 M・H(昭47.4.12生)
主文
本件準抗告の申立を棄却する。
理由
第一本件準抗告の申立の要旨
一 申立の趣旨
1 原裁判中、勾留場所を福岡少年鑑別所と指定した部分を取り消す。
2 被疑者の勾留場所を代用監獄福岡県○○警察署留置場とする。
二 申立の理由
1 以下のとおり、被疑者を少年鑑別所に勾留したのでは、捜査を尽くし、真相を解明することはできないから、代用監獄に勾留することが必要である。
(一) 被疑者立会の犯行現場における実況見分及び犯行再現見分の必要性被疑者は、下校途中の被害者を約2時間、7キロメートルにわたって連れ歩いたうえ、大野城市○○所在の農業用ため池付近で被害者を全裸にするなどし、わいせつ行為に及んで殺害したものであるから、被疑者の行動を解明するためには被疑者を立会させての実況見分及び犯行再現見分が不可避であり、しかも、右犯行態様に照らせば、実況見分及び犯行再現見分には数日間を要する。
しかるに、福岡少年鑑別所においては職員不足に加え研修等の行事及び家裁の審判への押送のため、実況見分及び犯行再現見分への被疑者の護送は、事実上不可能もしくは極めて困難な状況にあるから、被疑者を少年鑑別所に勾留した場合には、実況見分及び犯行再現見分の実施に支障をきたす。
(二) 十分な取調べ時間の確保本件では、慎重かつ根気強い取調べが必要であるが、被疑者は、特異な思考をする17歳の少年で、虚言癖を有する者でもあるから、その取調べは難渋が予想される。しかるに、少年鑑別所においては、平日の取調べ可能時間は午後5時までであり、士曜日については第1及び第3土曜日の午前中だけ取調べができ、日曜日は一切取調べ不能であって、このような厳しい時間制限のもとでは、被疑者からその生い立ち、性的思考、前回の誘拐・強制わいせつ等事件後の改善更生の状況、今回の犯行に至る心的経緯、犯行時及び犯行後の心理状況等につき詳細な供述を得ることは不可能である。
(三) 面透しの必要性
被疑者は現段階で犯行を概ね認めているものの、被疑者の犯行を立証する確たる証拠はなく、裁判段階で否認に転ずるおそれもあるから、被疑者が被害者を連れて歩いているところを目撃した参考人に被疑者を面透しさせて被疑者を確認させておく必要がある。
しかるに、福岡少年鑑別所には透視鏡はなく、面透しのための設備はないのであるから、同所に被疑者を勾留した場合は面透しを実施することが出来ない。
2 また、以下の事情を考慮すれば、代用監獄に勾留することによって被疑者に与える成育上の悪影響は少ない。
(一) 被疑者は2か月後には18歳に達する準年長少年である。
(二) 被疑者は概ね犯行を認めており、自白強制のおそれはない。
第二当裁判所の判断
一 少年である被疑者の勾留場所については、少年法の法意を尊重しつつ、勾留場所が少年の成育に及ぼす影響や、被疑者及び弁護人の防禦権の行使と勾留後における捜査の必要との調和を考慮の上、個々の事案に則して決定すべきものと解される。
二 そこで、本件について検討するに、本件被疑事実の要旨は、被疑者は、<1>下校途中の被害者(当7歳)を誘拐しようと決意して、甘言を用いて同児を誘って連れ去り、約2時間、7キロメートルにわたって連れ歩いて誘拐し、<2>同児の頚部を扼して同児を殺害したというものであり、また、一件記録によれば、被疑者は17歳の少年であって、本件犯行前の昭和61年にも児童に対する誘拐・強制わいせつ等の犯行を犯し、初等少年院送致の処分を受けていたことが認められるところ、かかる事案においては、被疑者の刑事責任の有無及びその程度を確定するためには、本件の誘拐、殺人に至る経緯や犯行の態様等の外形的行為を明らかにすることは勿論、犯行の動機、犯行前後の心理状況等について捜査を尽くす必要が存するものというべきである。
そこで、検察官が主張する、被疑者の勾留場所を少年鑑別所とした場合には、右の捜査を尽くし真相を解明するうえで不都合があるとする点について、以下検討する。
1 まず、実況見分及び犯行再現見分の必要性について検討するに、本件においては、既に殺害現場自体は特定されており、また、被疑者が被害者を連れ歩いていた状況は多数の者に目撃されていて、この点については被疑者も概ね自供しているのであるから、被疑者が被害者を伴って移動した経路は既に具体的に特定されているというべきであり、しかも、被疑者は徒歩で移動していたというのであるから、その範囲は広域にわたるものではないのであって、少年鑑別所の協力を得ることが不可能なほどに広範囲かつ長時間にわたる実況見分及び犯行再現見分が捜査上必要であるとまでは解されない。
(なお、福岡少年鑑別所においては近日中に職員に対する研修等の行事が計画されていて繁忙を極めることになるとはいうものの、本件捜査に必要な程度の実況見分及び犯行再現見分への被疑者の護送が困難であるとまでは認められず、また、少年鑑別所が右のような事情を理由として、被疑者の護送を拒み、その結果、捜査に支障を来たすとは考えられない。)
2 次に、取調べ時間の確保について検討するに、本件においては、被疑者は被害者を連れ歩いたうえ、殺害したという点については概ね認めているものの、犯行の動機等の心理状況について曖昧かつ不自然ともとれる供述をしていることからすれば、同人の心理状況を解明することが今後の捜査の重要な課題となるものと推測されるところ、被疑者が少年であることや特異な性格・心理構造を有している可能性があること等の事情に照らせば、心理状況等の同人の精神作用に係わる問題については、自白の強要にわたらないように、十分に慎重な取調べが実施されるべきであって、被疑者に対し、夜間や長時間に及ぶ取調べを行うことは望ましくなく、また、かかる捜査を実施する必要があるとまでは認められないのであるから、被疑者を少年鑑別所に勾留した場合に夜間や体日の取調べが困難となるとしても、そのことが適正な捜査を遂行するうえで不都合となるとは解されない。
3 さらに、面透しの必要性について検討するに、本件においては、前記の多数の目撃者によって、被疑者の容貌、体格、年令、犯行時における服装等が詳細に特定されているのであるから、右目撃者らに被疑者を面透しさせることが捜査上不可欠であるとまではいえず、これに代えて被疑者の写真を利用すること等で実施しうるものと解される。その他、本件事案の重大性や内容にあわせて、福岡少年鑑別所の所在距離、収容施設能力等を考慮しても、本件において被疑者の勾留場所を福岡少年鑑別所とすることにより捜査遂行上に重大な支障を来たすものとは認められず、反面、被疑者の年令、精神状態に照らせば、同人を代用監獄に勾留した場合にその成育に及ぼす悪影響は少なくないのであって、これらの諸事情を総合考慮すると、本件につき勾留場所を福岡少年鑑別所とした原裁判は相当であると認められる。
三 よって、本件申立は理由がないから、刑事訴訟法432条、426条1項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 森田富人 裁判官 吉田京子 松藤和博)
準抗告及び裁判の執行停止申立書(甲)
記
第一申立ての趣旨
一 被疑者を代用監獄である警察署留置場に勾留して捜査する必要があるため、本件勾留請求にあたり、勾留場所を福岡県○○警察署留置場に指定されるよう請求したのに対し、右勾留は認容したが、その理由なしとして勾留場所を福岡少年鑑別所と定めたことは、判断を誤ったものであるから、右裁判を取消したうえ、被疑者を代用監獄福岡県○○警察署留置場に勾留する旨の裁判を求める。
二 右勾留裁判により被疑者を勾留状指定監獄である福岡少年鑑別所に勾留する裁判
の執行については、本件準抗告の裁判があるまで右勾留裁判の執行停止を求める。
第二理由
被疑者を代用監獄福岡県○○警察署留置場に勾留すべき必要性について本件は、7歳の小学1年男児を誘拐した上、わいせつ行為に及び、挙げ句の果てにやく殺して死体を隠した社会を不安に陥れた極めて特異な重大事件であり、綿密周到かつ慎重な捜査が必要であり、かかる捜査は左記理由のとおり被疑者を少年鑑別所に勾留したのでは尽くし得ず、代用監獄に勾留することが不可避である。
記
理由
一 被疑者立会の犯行現場における実況見分及び犯行再現見分が必要である。
被疑者は、下校中の被害者を約2時間、7キロメートルにわたって連れ歩いた上、大野城市○○所在の農業用ため池付近で被害者を全裸にするなどし、わいせつ行為に及んで殺害したものであるところから、被疑者の行動を解明するためには被疑者を立会させての実況見分及び犯行再現見分が不可避であり、しかも、右のとおり、長時間、広範囲にわたる犯行であるから、それには数日を要するが、別添電話聴取書(2通)(省略)記載のとおり、少年鑑別所においては職員不足に加え研修等の行事及び家裁の審判への押送のため、実況見分及び犯行再現見分への被疑者の護送は、事実上不可能もしくは極めて困難と認められ、極めて重要な右捜査を十分に尽くすことができなければ、本件の真相解明は到底おぼつかない。
二 少年鑑別所では十分な取調べが不可能である。
本件被疑者は、特異な思考をする17歳の少年である上、虚言癖もあり(前回の事件の際の被疑者の母の供述参照、なお、被疑者は、本件犯行の動機、経緯及び犯行状況についても供述を2転3転させている。)、その取調べは難渋が予想され、慎重かつ根気強い取調べが必要であるが、前記電話聴取書記載のとおり、少年鑑別所における平日の取調べ可能時間は午後5時までであり、土曜は第1と第3土曜日の午前中しかなし得ず、日曜日は一切取調べ不能であり、このような厳しい時間的制約のもとでは、被疑者少年から被疑者の生い立ち、被疑者の性的思考、前回の誘拐・強制わいせつ等事件後の改善更生の状況、今回の犯行に至る心的経緯、犯行時における心理状況、犯行後の心理状況等につき詳細な供述を得ることは不可能である。
三 面透しの必要性がある。
被疑者は、一応現段階では犯行を概ね認める供述をしているが、被疑者の犯行を立証する確たる証拠はないので、裁判段階では否認に転じるおそれもなしとせず、被疑者が被害者を連れて歩いているところを目撃した参考人に被疑者を面透しさせて被疑者を確認させておく必要があるが、別添電話聴取書(省略)記載のとおり、少年鑑別所には透視鏡はなく、面透しのための設備はないので、少年鑑別所に勾留したのではこれが不可能である。
以上のとおり、被疑者を少年鑑別所に勾留したのでは、綿密周到な捜査を尽くし、事案の真相を解明することは不可能であって、代用監獄への勾留は真にやむを得ないのであり、代用監獄への少年の勾留が少年の健全な成育にとって好ましくないことは十分承知しているものであるが、本件事案はあまりに重大であり、真相の解明が強く求められていること、被疑者少年は、17歳とは言えあと2か月で18歳に達する準年長少年であること、被疑者は概ね犯行を認めており、自白強制のおそれはないことなどを併せ考慮すれば、被疑者少年に対する代用監獄勾留は相当であり、かつ、被疑者少年の成育上の悪影響も少ない(少年の悪性、反社会性はかなり深化しているとも評価しうる)ものと認められ、本件よりも軽い17歳の少年の事件についても、代用監獄への勾留が認められる例も多数あること(別添勾留状写し(省略)参照)をも勘案して、敢えて準抗告に及んだ次第である。